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教師なのに学校に行きたくない!教員を辞めるか続けか迷う人へ!

自分で望んでついた教職の仕事なのに、今日はどうしても学校に行きたくない・・。

明日の授業のことを考えると気持ちが暗くなってしまう・・・

そんなことありませんか?

離職率が高い教職業界において、いったいどんなタイミングで先生は辞めたくなってしまうのか?

学校に行きたくなくなるきっかけって何なのか?

現実を知ってもらうためにアンケートをとりました。踏みとどまって残った人も思い切って辞めた方もそのまま記載してあります

目次

小学校教師の教師の場合

まずは離職者が多い小学校教師のケースですね。何と言っても3~4割辞めてしまうのはやっぱり過酷な職場環境。

担任持ちで初年度から5教科指導って今時すごいことだと思います。さらに地域によっては朝の部活動もあるので、時間に追われるのは当然です。

ではみていきます。

 

1,臨時任用講師が生徒にバイト扱いされた時に辞めたくなった

公立の小学校で、臨時的任用教員として勤務している24歳女性です。

低学年のクラスを中心に、担任の先生のサポート的な役割を担う仕事をしています。
音楽以外の授業のお手伝いをしながら、教員採用試験の合格を目指して、目下勉強中です。

私はあくまでも臨時的任用教員なので、当然ながら正式な教師ではありません。

それを知っている子供たちに、「先生はアルバイトなんでしょ?」と聞かれた時には、さすがにもう学校に行きたくないなと思いました。

採用試験に合格するまでは、臨時とはいえこの仕事はやめようかと思ったのですが、子供たちの無邪気な顔を見ていると、やっぱりやめたくないなと自然に思うようになっていったのです。
また、国語の授業がどうしても苦手です。

毎回必ず私が授業をするわけではないのですが、少しだけ私も教壇に立たせてもらうことがあります。

国語の授業は算数や理科とは違い、子供たちの反応が少し薄いため、ちゃんと自分の言ってることが伝わっているのかどうか、不安に感じてしまうのです。

事前に教壇に立つことがわかっていると、授業の予習ができてありがたいと思う反面、その日は学校に行くのが億劫に感じてしまいます。

 

続けるためにやったこと

行きたくないと思った時こそ、あえていつも以上に子供たちに接するようにしました。

私の気持ちを動かしてくれるのは、やはり子供たち以外何ものでもないからです。
ショックを受ける言葉を投げかけたのも子供たちですが、純粋な心を持っているからこそだと思うと、むしろかわいいとさえ思えるようになりました。

国語の授業は、できるだけ苦手意識を捨て、自信をもって教壇に立てるように予習を徹底的にすることを心がけています。

私自身はまだそこまでの経験はありませんが、足が学校へ向かないほど行きたくないと感じるのであれば、休職することも賢明な選択だと思います。

自分の心が病んでしまうと、絶対に子供たちの前で笑えなくなると思うからです。

行きたくないと感じる時ほど、私のように子供たちのことだけ考えると、少しだけ気が楽になるし、また頑張ろうという勇気もわいてくると思います。

 

2,ベテラン教師の後を引き継ぐの大変で辞めたくなった

10年ほど前に、小学校教師(講師)をしておりました。大学を卒業してから、数か月のみの臨時講師や、非常勤講師を数回経験しております。

当時は、関西地方で4年生を担任。担任していた教員がケガ入院となり、2学期からの代行での臨時講師でした。

私が当時、臨時講師として2学期から配属されたクラスは4年生。元々はベテラン教師のクラスで、個性に富んだ子どもたちのクラスでした。

教師経験がほとんどないままスタートした私には、耐えきれない事件の連続でした。

配属初日から、一人の子が友達にホースで水をかけ、また他の子は突然いなくなり、私自身は内心不安でいっぱいでした。

ある日は、一人の子がパニックを起こし(自閉症の子でした)、暴れて友達を噛んでしまい、私も手に歯形がたくさん残る事態になったこともありました。

バラエティに富んだ性格の子たちがいて、楽しく可愛いと思う反面、必死の毎日でした。

最後に学校に行きたくなくなったのは「クラスで自分の子がいじめられている」と保護者から苦情がきたことでした。

そのご家庭に夜7時ごろに呼び出されたこともありました。主任の先生にはフォローもしていただきましたが、そのときの私の心は限界になっていました。

その後の対応

主任の先生、教頭先生に、限界であることを伝え、2週間ほどお休みをいただきました。しかし、その間逃げている自分を責め、学校に行かずに済むことで気は楽になったものの、ずっと気になっていました。

私が休んでいる間に、別の先生がクラスに入り、いじめと言われている件も、子どもたちと話をしてくださっていました。その後私は復帰し2学期を終えましたが、3学期の継続は辞退しました。

今でも当時のことは思い出し、あのころはまだ未熟で、事態を受け入れる力もなかったということを身に染みています。

学校教師は、一人の裁量ですすめることも多く、気づかないうちに、一人で抱えこんでしまう問題も多いと思います。

なるべく周りの先生方と共有することを目指してほしいと思います。

 

3,学年主任でも学校を辞めたくなることはある

愛知県北部、小牧市で小学校の教員をしています。転勤して二校目になりまして、経験年数は今年で10年目になります。担当学年は5年生で学年主任をやっております。

主任としては5年目になりまして、色々と学校外の仕事も最近はやっております。

仕事がどんどんと積み重なっていってしまうのが教師という仕事の特徴かと思います。
学年、学級でやりたいことはあるものの、準備がなかなかできていなくて困ってしまってというときに学校へ行きたくないなぁーと感じてしまいます。

そんな忙しい時に限って、生徒指導的なことや自分の管轄している箇所で問題が発生してしまうことがあります。

忙しい時に限って生徒指導的な問題って起こるもんなんですね。ホント不思議です。

忙しいのに子供の対応、保護者への対応などなどが起きてしまうと「なにやってるんだろうなぁー、学校へ行きたくないなぁーっ」て思ってしまいます。

気持ちのコントロールができない、もしくはバランスが取れなくて、教室で教壇に立つことは厳しいものがあります。

適当でいいんだと割り切る

乗り切っていくコツは、まぁーこんなもんでいいやぁーって気持ちです!

テキトーにやるのが一番です。

手を抜いてやるわけではないです。適度にやれることが大切かと思います。そうすることで力も抜けますし、色々んなことにフィットしていく心の構えができます。

問題に対して相手の出方も肝心です。自分の思いばかり先行してしまうと、思ったようにことが進まないことがよくあります。

適度に距離をとり、適度なスピードで、適度な力で物事に取り組むことで心にゆとりができてきます。

そうなれば、学級でもゆとりを持った指導ができて、段々と明るくなっていくように思います。

楽しいことをやりにいく、そうすることで子供がついてきます。それがこの仕事の醍醐味かと思います。

中学校教師のケース

中学校からは結構クラスが荒れやすいです。聞いてみると教員同士の関係も中学からは結構悪くなるようですね・・・。

 

4,地元出身の先輩の先生にいじめられた

経験年数1年目、岐阜県、特別支援学校 中学部。

知的障がいを有する子どもたちを対応しております。基礎免許は小学校、中学社会科、高等学校(地歴、公民、商業)の免許状を所持しております。大学院修了後、採用されています。

 

特別支援学校ですから、複数担任制を導入しております。1年目の初任者指導時に年配の女性教員からの嫌がらせがすごかったです。

まずは「喋り方が岐阜の方言ではない、生意気、大学院を修了しているというぐらいで威張るな」と。

子どもが嫌というのはないのですが、職員室の雰囲気に馴染めず、居場所なく過ごす状況でした。露骨な形で嫌がらせを受け、精神的にも心底疲れ果てました。

体力的な問題はないのですが、精神的にずーっと気が張っている状況でした。

子どもたちも重度の知的障がいの子どもが多く、発語もない子どもが多く意思疎通しにくい状況で教育の効果を少しずつしか感じることができず。職場環境にも馴染めず、土日は疲れ果てて、自室から出て来れないくらい疲弊していました。

地域が変わって救われた

現在は行政の方へ職域が変わりましたので、様々な嫌がらせを受けることも無くなりました。言葉遣いも、標準語でできるだけ話をするようにして、対応するようにしております。

ただ、年配の女性があまり得意ではないので、特に丁寧な言葉遣いで接するようにしております。

また、学歴や家族構成、出身地などの話題は極力しないようにしております。

私自身複数でプレーするよりは、単独もしくは少数で仕事を任されるポジションの方が自分の能力を発揮しやすいのだと思っています。

あえてチャレンジするよりは、自分の苦手な面があることを肝に据えて、1年目の失敗を生かすように心がけています。

休んでことがすむのであればいいのですが、根本的に辛いのであれば行政の方などへ行き、環境を変えてみるのも手立てとしては有効です。

 

5,研究事業が嫌で学校に行きたくなくなった

教員経験年数は、5年になります。関東地方で、3年働き、地元である東北地方に帰ってきて、今2年になります。

担当学年は、中学2年生で、1年生からな持ち上がりで、担任をやっています。担当教科は、理科です。部活動の顧問は、陸上部を担当しています。

 

学校に行きたくなくなるようなことは、何度もありますが、生徒との関係性で悩むことより、教師どうしとの関係性で悩むあまり、行きたくなくなってしまうことが多い気がします。

例えば、1年に1回または、2年に1回の割合で、学校で、「研究授業」という名の、授業の発表会のようなものがあります。

当日は、教育委員会から「指導主事」という、エライ人が来校したり、他校からも先生がたくさん来ます。

授業の発表は、全員の先生がやるわけではありませんが、私は数年前に、その担当になりました。

まだまだ授業にも自信が無く、さらにその「研究授業」というものも、どういうものかも分からない状態で準備していたら、突然管理職に呼び出されて、授業の内容について、あれこれ口出しされました。

おそらく「アドバイス」というつもりで、言ってくれたのだと思いますが、悩んだあげく、大方の準備を終えた状態だったので、「今ごろそんな事言わないでくれ…」という気持ちになりました。

給料日をカウントして乗り切った

悩んだ時は、思いっきり仕事のことは、割り切り、「給料日」までの日数をカウントして、その給料をどのように使うかを、シミュレーションします。

さらに「ボーナス日」までの日数もカウントして、どのくらいのボーナスが今回はもらえるのか、どのように使うか、などなど妄想を膨らませたり、シミュレーションした内容を細かく手帳にメモしたりします。

また、単純ですが、1人で悩まず話を聞いてもらう、気持ちを吐き出す、というのも大事だと思います。

その際は、同僚とかよりも、あまり関係ない人と話すのが良い気がします。なぜなら、アドバイスが欲しいのではなく、ただただ気持ちを吐き出すことに意味があると思うので、ひたすらに聞いてくれる人に、話すと良いと思います。

 

高校先生のケース

生徒との年齢差も徐々になくなる高校は、保護者よりも対生徒の問題で頭を抱える先生が増えてきます。

ドラマ程ではないのですが、びっくりする事件がなかなか外に出てこないのが現状でしょう。

6,課外学習が嫌で学校に行きたくなくなった

医療福祉大学を卒業し、そのまま学校教師として就職しました。現在は社会福祉を教える科目のある高校で教鞭をとっています。

科目としては公民も兼用で行うこともあります。岡山県の学校に勤めています。高校2年生の暮らす副担任も行っています。

 

教員を数年行っていますが、「元々はあまり人とのコミュニケーションが上手くない」と感じています。

学内での活動には1年もいれば慣れて問題ないのですが、自分が仕事を行う上で億劫だと思うことは、時に行う課外学習についてです。

例えば学校と提携関係にある福祉施設などに行って学習を行うわけですが、このように外部の人間と連携をとることが嫌で学校に行きたくなくなることがあります。

学校での仕事と違って「、学外に出る手続き、自分が責任を持って連れて帰ること」などを思うと、億劫になってしまいます。

外部の人間とのコミュニケーションがしっかりとれるか、生徒にもしものことがあって学外で問題になったらどうしようと思うとかなり不安になります。

こういったことに限らす、慣れていない普段とは違う仕事を前にするよ、対応能力が優れていない点から不安になって仕事が嫌になります。

過去の先輩を振り返り勇気に変えた

こればかりは他人に頼って解決は出来ません。自分の責任として乗り越えていかないと行けません。自分への励みとなるのは、「かつては自分の師だってこのような面倒を乗り越えて自分達を教えてくれた、だからこれは順番のことである」

このように自分を納得させ、自身の鼓舞へと繋げています。

とにかく気持ちの問題ではあると想います。学校教師を行う以前には学生として同じく学校に行っていない人間だからこそある不安だと想います。

逆に、学校以外を広く見て、経験を積むチャンスになると思って取り組むと案外良い結果になると想います。

新しい不安は、同時に新しいチャンスにもなる。

その可能性は十分にあると思って今でも学校に行きたくなくなることと戦っています。逆に学校に行きたくなくなるような事にぶつかることが、新しい成長に繋がるくらいに思って社会人生活を送ると良いと想います。

 

7,生徒からの半ストーカー行為で学校に行けなくなった

高校臨時教員を4年、中学非常勤講師1を年の計5年働いていました。

校務分掌は主に一年担任を受け持っていましたが、中途臨任の際は教務に配属されていました。教えていた教科は主要5科目ではありません。

 

学校に行きたくなくなったというより精神的にいけなくなったのがひとつあります。それは男子生徒による付きまといです。

中途臨任の際に行った場所でよく教員が休職していたり生徒の問題行動が多いなどあまり雰囲気のよくない学校でした。

その生徒は私が顧問をする部活に属していて、前任の先生から「問題がすこしあって友だちがいないから優しくしてほしい」と言われていたこともあり赴任してその生徒と関わる際はできる限り親身に接していました。

その生徒は多分人との距離の取り方が苦手なようで詳しくは言いたくないので書きませんが軽く校内ストーカーのような行動を取るようになっていきました。

それに耐えきれなくなり他の先生に相談していました。

結果ストーカー行為は鳴りを潜めましたがあの時はとてもしんどかったです。

対応

私の場合は生徒に関する問題の他にも校務分掌の難しさなどもあり体調を崩し有給を取ったりしていましたが、結局続けられなくなり辞める形となってしまいました。

この事が中々のトラウマで常勤の教員に戻るのが今も抵抗があります。

しかし子どもたちに教えたいという気持ちはあったので非常勤という形をとることにしました。校務分掌のある常勤と違い自分の教科を教えるだけなのでとても気が楽になりました。

今は事情があり教員を離れていますが、やはり違う仕事をしてみるとまたいずれ非常勤教員として働きたいという気持ちが出てきました。

行きたくない人にはそれぞれ理由があるのでこれといったアドバイスは思いつきませんが、本務の先生は休職を臨任の先生は一旦学校から離れて違う仕事を少ししてみてはどうでしょう・?

自分が如何に教員にあっていたか?いなかったかを実感してみると今後の進路について考えられるのかな?と思いました。

8,教えたくないクラスが出来てしまった

私は高知県の私立学校で教員を4年間勤めています。担当してきた学年は1年生、2年生で担任も副担任もやりました。教科は家庭科で主に2年生と3年生のクラスを担当していました。運動部の顧問も担当していました。

 

まず一つ目はクラスで問題が起こってしまったときです。

高校生なので、暴力やケンカなどの問題はあまり起こりませんが、女子同士のいざこざであったり、クラスの中でうるさい子達、真面目に勉強したい子たちの対立がよくありました。

そうなるとクラスの雰囲気も確実に悪くなるし、どうにもしてくれないと担任に責任をなすりつけてくる生徒も出てきます。

そして生徒たちの笑顔を見られなくなると学校に行きたくなくなる気持ちが大きくなりました。

二つ目はあまりうまく授業が進まないクラスの授業がある日です。

週に1度は必ず授業があるのですが、前日くらいから気持ちが重くなります。その日はその時間が来るまで授業のことで頭がいっぱいになってしまいます。

 

対策

クラスのいざこざについては、とにかく必死で解決するように努めました。あまり介入しすぎるのはよくないのですが、話を聞いてほしいと言われたらしっかりと聞き、一緒に解決方法を考えるようにしました。

いいアドバイスができるか不安だったし、うまくいかないこともありましたが、とにかく一生懸命やっていたら伝わる生徒には伝わったと思います。

そして授業がうまくいかないクラスの授業に関しては常に最低の状況を想定して挑むようにしました。「どうせうまくいかないだろうな」と思いながらやると、うまくいったときは爽快な気分になります。

そしてできるだけたくさんの引き出しを用意しておきます。

どうしても集中してもらいたいときは一度ゲームやレクを取り入れ、空気を変えるようにしました。

生徒から教師が逆にいじめられた

関西住み、学校も関西の数学教師歴6年目です。今の担当学年は2年生です。昨年までは3年生の担任をやりながら数学を教えていました。

家族は妻と子どもが2人いて家庭環境は良い方だと思います。部活はサッカーの顧問やってます。

 

私が学校に行きたくなかったエピソードは、いわゆる教師いじめです。私自身が生徒からいじめを受けていました。

いじめを受けていたのは3年前に、3年生の担任をしていた時にいじめにあいました。

生徒が全く言う事を聞いてくれなくて、授業中も私語ばかりでまともな授業ができませんでした。

廊下には私の悪口の落書きがたくさん書いています

給食の時は地面に叩きつけられたパンが盛り付けられていた事もありました。

そんな日々が続くとやはり学校に行きたくなくなるんです。

朝起きて、可愛い子どもの顔みると頑張らないとってなって出勤するんですが、通勤の車でお腹が痛くなるんです。

完全なる拒否反応です。そんな日々を耐えて、クラス替えで担当クラスが変わったきっかけでいじめはなくなりました。

クラス替えで乗り切った

乗り越えたと言うのはおかしいのかもしれませんが、たまたま担当クラスが変わり環境が変わったのがよかったです。

あと1番は妻の支えがあった事です。一応つたえとかなくちゃと先生いじめに遭っている事を妻に相談しました。妻はそんな辛い思いしてまで教師を続けないで欲しいと泣いていました。妻の泣いてる姿を見たくないと思い、転職も考えていた時に担当クラスが変わったのです。

本当に私はたまたまだったのかもしれません。

環境が変わった後のクラスの生徒は私がいじめられていたのをもちろん知っていますが、そんな事を口に出す子は1人もいませんでした

むしろ大変仲良くしてくれました。

私のように生徒からいじめにあって学校に行きたくないと思っている人は、先輩、校長に相談して環境を早急に変えてもらうべきだと思います。

何事を1人で悩んでてはダメだと思いました。

 

専門学校のケース

 

9,生徒のモチベーションが低く辞めたくなる

神奈川県内にある、高卒生・大卒生対象(18歳から20代前半の年齢層)の、資格取得・就職専門学校に勤務しています。経験年数は3年未満で、主に基礎数学、理科、就職適性試験、各種資格試験関係の授業を担当しています。

学生のモチベーションが低いクラスや科目では、学生が内職したり大騒ぎしたりと授業態度が悪く、教える側としてもやるせなさを感じたり、余計な注意喚起で、気力体力ともに消耗してしまう。

仕事の相談についても神論を押し付けるだけの人もいて、参考にならないばかりか、無用なダメージを負うこともあった。

教員という職業柄、周囲には上から目線で否定的な人も結構います。

一挙手一投足を見られる職業柄、学生、上司から常に見られ、話題に上るのに息苦しさを覚える先生は多いのではないでしょうか?

お局的上司の標的になってしまいうと地獄です。

髪型、服装、言葉遣い、声のトーン、表情、身のこなしまでチェックが入り、都度ネチネチ怒られ続けた結果、人前に出て喋るのが怖くなりました。

対策

・自分の仕事はベストな状態で授業を提供することであり、受ける側の態度はどうでもいいと割り切って、あくまで淡々と職務を全うする。学生のモチベが高い授業に力を入れる。

・タイプの違う上司や先輩のアドバイスは参考にならないことも多いので、無理して真似ようとすると却って迷走し、自分を見失う。自分と同じタイプの人のアドバイスを参考にする。

・周りが自分とかけ離れたタイプの人間ばかりだと、いくら理想形に近くても無理を重ねることになるので、退職も視野に入れてもいいのでは?

・身体が資本なので、気力体力が尽きて動けなくなる前にケアをしておく。自分の限界や、この症状が出るとヤバいというラインを把握しておく。

・根本が解決しない限り、休職しても復職後に同じことを繰り返すだけなので、退職して新たな道を模索するのも良いかと思う。

 

まとめ

SNSでは多く見られるのですが、やっぱり教師は立場上そこまで学校について本音で話すことはできません。

どんな仕事も大変だと思いますが学校教師も例外ではないということです。

ちょっと仕事が辛くなってしまった先生は同じように感じる先生も沢山いるけどたまたま声を上げていないんじゃないかと思ってください!

 

 

自分の可能性を事前に知っておこう!



意外と自分のスキルを求めている業界ってあります。案件見ておくと気持ちが楽になりますよ。

 

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