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教頭の仕事はストレスがかかって大変?引退したので本音を語ります

私は現在非常勤講師ですが、45歳から57歳までの12年間、公立小学校の教頭職を務めました。公職にあるときは、あれこれコメントできませんでしたが、現在は制約やしがらみがほとんどありません。

これから教頭時代の私の仕事や、そのときのエピソードなどを本音を交えて話したいと思います。どうか最後までお付き合いください。

目次

小学校の教頭になるきっかけとタイミング

大学を出てもすぐには教員採用試験に合格できず、塾の講師や常勤講師をしていた私は、2年後やっとのことで、実家から遠く離れた市の中学校の新規採用教員となりました。

今のような初任者指導教員などいない時代ですから、準備期間なしで普通に学級経営を任され、クラスの理科授業を担当し、ルールもよくわからない女子ソフトボール部の顧問をすることになりました。

これだけでも常軌を逸しそうだったのですが、実は当時の教頭の依頼で、今は差別の問題があって行われていない、ソシオメトリーという学級経営の調査が行われていました。

 

学級集団での人間関係を調べるのに効果的なのが「ソシオメトリー(sociometry)」である。

 

具体的には、集団の中で各成員が他のどの成員を選択するか(好きか)、どの成員を排斥するか(嫌いか)を調査し、その相互関係をまとめる

一般的には、選択者・排斥者ともに3名程度の名前をあげさせる。

この結果を、図示したものをソシオグラム、表で示したものをソシオマトリクスという。

ソシオメトリーをもう一度

つまり、クラスで誰が好きか?嫌いか?をアンケートを取り、学級経営に活かすという理論です。

新人時代に部活も兼任、新しい、研究職の任され、多忙な生活を送りましたが、苦しみながらも自分の研究をする癖がついていきました。

そのようにして1年目から、いくら苦しくても自分の研究をし、報告書を作る癖がついた私は、その作業に慣れていきました。

そして10年ほど過ぎたとき、報告書を大学院の教育経営講座でさらにパワーアップして、自県に持ち帰るよう、県教育委員会から仕事の指示を受けたのです。

当時の鳴門教育大学院教育経営講座には「ソシオメトリーの祖である田中熊次郎先生の一番弟子である教授」がいらっしゃいました。

私はその方からテレビでかなり批判を受けたソシオメトリーを改良した社会測定と、教頭・校長としての学校経営と改善について学び、実際に管理職となるよう勧められます。

その後紆余曲折はあったのですが、運よく教頭試験に合格し、45歳で教頭の職務に従事し、最後は校長職も務めることになります。

教頭試験ってどんなもの?

ここで、今は面接に切り替わりつつある教頭試験についてお話しします。

各学校に1人ずついる教頭・校長職は別の試験があてがわれています。主に筆記試験と面接ですが、各校長の推薦をもとに抜擢されます。

  • 職務論文
  • 個人面接
  • 集団面接
  • 筆記試験

各都道府県で違いますのでご覧になってください。

学校管理職試験より

 

教頭の仕事って法律ではどうなっている?

それでは本題に入ります。 今回も管理職試験を受けようと思う人以外、あまり興味があることではないと思いますが、法律に定められている教頭の仕事について説明しますね。

学校の教育活動は、【学校教育法】という法律に大筋が書かれています。

その中で教頭の仕事は、校長を補佐し、校務を整理し、及び必要に応じ児童の教育をつかさどる」とあります。

(1)校長の補佐

「校長の補佐」は、読んで字の通りです。社会の職種で言うと、秘書兼官房長官といった感じでしょうか?

常に校長の横におり、校長の予定をマネジメントし、校長が意思決定できるように資料をそろえる。時に校長に意見具申したり、教職員に校長の意思を伝えたり、そのような仕事です。

(2)校務の整理

「校務を整理する」の整理は、「教育活動全てにおいて、総合的に教職員の連絡、調整、円滑化を図る。

そのことによって校長が意思決定をしやすくし、円滑に校長の方針に沿った運営をしていく」という意味です。

一言で表すなら、「学校内をしきる」という表現でしょうか?

個別の案件について意見を調整したり、誰もがわかりやすく、仕事がしやすい決定を行ったりという狭い範囲のことでしたら、あまり難しくはないのですが、「総合的な調整と運営」 と言う意味なので、教頭の仕事はいろいろと難しいことがあるのです。

(3)児童の教育をつかさどる

「必要に応じて児童の教育をつかさどる」

これは改めて説明する必要もないですね。

教頭の仕事は、すべての校長の仕事の補佐ですから、それにかける時間はいくらあっても足りません。ですが、教頭は時々授業も担当します。

大規模校では教頭の授業担当時数は、週5時間程度で羨ましいと感じる人もいるかと思いますが、実際のところそれでも多いぐらいです。

あえて教頭の時数をゼロにしている学校もあります。

ですが、私は退職をしてもまだ非常勤講師をするくらい授業が好きなので、その当時、忙しい中でも、教室で子どもたちと過ごす時間は、私にとって至福の時間でもありました。

(4)代理代行

意外と知られていませんが、法律には、「教頭は、校長に事故があるときはその職務を代理し、校長が欠けたときはその職務を行う」とも述べられています。

事故があるとき」とは、校長が病気休暇や休職をするとき、たまにあるのですが海外出張に行くこと等を意味します。

「欠けたとき」は、説明する必要ないですね。

これら必要な場合には、教頭は意思決定者、学校経営者となります。私も一度、学校長が長期入院をして、代理をしたことがあります。

本当は掟破りなのですが、私は心配で、メールを使って時々校長の指示を仰いでいました。

 

4 教頭職のやりがいと難しいこと、ストレスや苦労って?

続いて教頭職のやりがいと、仕事上で大変なことについてお伝えします。教職の中でも教頭はかなりストレスがたまるぶしょであることは間違いありません。

(1) 「教頭職のやりがいと喜び」

卒業式の時、児童生徒の大きく成長した姿を見る時、町で何年かぶりかで保護者に声をかけてもらった時など、「教師をしていて良かったな、嬉しいな」と思うことは多かったです。

ですが、教頭として一番嬉しかったのは、教職員の仲がよく、明るく前向きな態度の職員室が造れた時です。

職員の皆さんが、生き生きと働く姿を見るとき、「教頭になって良かったな」と強く感じました。

私の学校経営方針、学校運営方針の根底には「職員室の良好な人間関係が、必ず各学級の児童生徒の好ましい人間関係に浸透していく」というものがあります。

組織の良好な人間関係づくりの方策について、大学院の教育経営講座で、2年をかけて教授とディスカッションしました。

教頭はいわば職員室の学級担任です。

職員室に明るい笑い声があり、支え合ってチームとして進もう」と言う志気があるとき、学校教育は成果を上げていきます。

初めて教頭として赴任した小学校は、校長先生を含めて11名の年上の方々がいらっしゃいました。

ただ、この学校もとても人間関係の良い学校でした。

45歳の若造がやってきて教頭として仕事を始めても、決して馬鹿にすることなく、丁寧にその地域の様子を教えてくださいました。また、私が職務上指示したことも、丁寧にやってくださいました。感謝、感謝でした。

(2)「異動教師との人間関係の維持は大変」

逆にどのようにしても人間関係がギスギスする職員室もありました。公立学校は定期的に人事異動がありますので、必ずしも自分とあう先生だけが入ってくるわけではありません。

また、徹底した年功序列の世代に育った教師とそうでない生徒では、コミュニケーションのあり方や指導方法にそうとう差があります。

これが世代間の対立を生み、なおかつ年下の教頭はその両方の間に入りますので、非常に立場が苦しく、ストレスがたまります。

そんな年は、良好な人間関係づくりどころか、とにかく職員室にもめ事が起きないように対処する、次元の低い仕事をしたと思います。

教職は校長・教頭ともに直接の人事異動の権利がありませんので、どんな教師が入ってきてもきちんと刺させていかなければなりません。

私も、職員のみなさんから変に嫌われないよう気を使うことに終始しました。保身を考える嫌な教頭ですね。

(3) 教頭の仕事で一番つらかったのはパワハラといじめ問題

教頭の仕事で一番のストレスはやはり最悪な人間関係です。

私は教頭として、12年間で8人の校長に仕えました。いろいろと難しい事はありましたが、一番困ったのは、職員へのパワハラを意図的にやる女性校長と1年間付き合ったことでした。

私だけでなく、全職員をいじめるのです。

教頭は、校長の秘書的な役割もありますから、常に校長に起案したり・意見具申したりして傍にいないといけません。その関係の中で、1年間ずっとパワハラが続きました。

その校長は、私に一種類の書類を28回書き直させたりもしました

その時は、「いずれ裁判をしなければ」と思っていましたので、今もその書類や、やり取りの録音は残してあります。

また勤務時間が終わって、職員が帰ろうとすると、「あなたの書類提出はどうなっているの?早くやりなさい。」と問い詰め残業をさせたりすることは常でした。

「明日やります。」と言って帰った職員の家には夜も催促の電話をする。

これは明確に労働基準法違反です。

この学校は放課後・昼休みには職員室に教職員がほとんどいない、殺伐としたところでした

小学校教頭の1日の仕事とスケジュールと流れについて


まれに勘違いをして「教頭先生は職員室に長く居て、仕事がゆっくりできるから良いな」と考える人がいるかもしれません。

ですが1回だけでも実際にやってみてほしいと思います。一日でその多忙さがどのくらいのものか分かると思います。

教頭の1日はあっという間に過ぎる

実際に特別な研究会のない教頭の一日を記してみます。今思い出しても気が遠くなりそうな質と量でした。

 

6:40・・出勤と起案書の取りまとめ、玄関周辺の掃除
7:30 ・・職員への声掛け、生徒指導情報の聴取、運動場準備
8:00 ・・校長との打ち合わせ、職員朝礼、児童朝会があるときは準備

8:15 ・・校務整理開始

合間に授業準備、PTA対応・文書発送、学習指導・生徒指導、校舎の修繕・花壇づくり、会議室・校長室整備・IT機器整備、業社対応、出席確認と養護教諭との会話 等々

10:00 ・・職員室で学級担任との対話、生徒指導懸案事項への対処、会計処理、物品購入

12:40・・昼の校内放送の指導、生活支援員との会話
13:00・・昼食
13:10・・校内見回り
13:30・・清掃・営繕

13:50・・校務再始動

職員会議・研究会議の準備、教頭会の世話、地域の研究組織の会合、教育委員会の依頼事項の処理、PTA新聞・PTA冊子の準備や編集

17:00・・保護者対応・職員との懇談・校長への具申、その後校務再始動

20:00・・ 生徒指導上の問題、PTA役員会や公民館運営委員会がなければ退庁

 

私は教頭の実際の職務で大切なのは、書類作りではなく、教職員のみなさんとの対話だと考えてきました。

職員間の連絡・相談・円滑化が一番大きな仕事です。実際その時間をたくさん取ってきたつもりです。

一つ一つの細かい動きについては、機会があれば、もう少し詳しくお話したいと思います。また教頭の一年の動きについても書きたいと思います。

 

6 まとめに変えて

来訪者の迎えと見送りも教頭の仕事です。接客は校長がしますが、客の来校時には校長に取り次ぎ、帰りは校長とともに見送ります。

これに結構時間を取られました。また大切な会議がある時など、なぜか茶菓子を買いに走ったりもした記憶があります。

最後に、私の初任の時の教頭先生ですが、研究の指示命令以外はとても人間味溢れた方でした。

コロナで現在このようなことはありませんが仕事のできない私をよく飲みに誘ってくれ、元気づけてくださいました。

「お身(み)、新人は細かい事を気にせず、思い切りおやり」、「仕事ができんかっても怒らんが、一緒に飲みに行かんのは怒る」が口癖でした。

令和の時代では、パワハラ発言・問題発言となるような言葉ですが(笑)

平成初期までは、良いのか悪いのかあまり問題にならなかった教頭職の所作です。

教頭先生は、職員のことをいろいろと心配してくださっておりました。

そして、何よりも素晴らしい校長との信頼関係を築いて、良い学校経営・運営をされただけでなく、教職員を職能成長させた方であったことを付け加えます。

それではこれくらいにしたいと思います。

最後までお読みくださりありがとうございました。

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